記憶の海を渡るアルバム:父が最後に名前を呼んだ日
父の瞳から「私」という光が消えていくのを感じたのは、三年前のことだった。若年性認知症。診断書に記された無機質な文字は、私たち家族の日常を音もなく崩していった。
次第に、父は家族の顔を、そして名前を忘れていった。リビングのソファに座り、ただ虚空を見つめる父の背中は、まるで遠い異国の海辺にひとり取り残された老人のようだった。
「お父さん、今日はいい天気だよ」
私は毎日、一冊の手作りのアルバムを抱えて父の元へ通った。ページをめくるたび、そこには父が忘れてしまったはずの景色が閉じ込められていた。
幼い頃、肩車をしてもらった運動会。 一緒に食べた、少し焦げたホットケーキの朝食。 高校の合格発表の日に、父が不器用な笑顔で抱きしめてくれた駅のホーム。
写真の横には、私が丁寧に書き添えた言葉がある。 『お父さんは、私をいつも一番に応援してくれたね』 『この時、二人で笑ったこと、覚えているかな』
父は、アルバムをめくる私の手元を、まるで知らない物語を聞く子供のような表情で眺めていた。時折、ふっと優しい微笑みを浮かべることはあっても、私を「娘」として認識する気配はなかった。
それでも私は諦めなかった。心の中に微かに残る「記憶の破片」に、この温かさが届くことを信じていたから。
ある雨上がりの午後。私はアルバムの最後、真っ白なページをめくった。そこには、二人が最後に一緒に撮った写真が貼ってある。私が涙を堪えながら、父の手を握っている一枚だ。
「お父さん。また明日も、ここに来るからね」
そう言って、アルバムを閉じようとしたその時だった。
父の手が、震えながらゆっくりと私の指に触れた。父はアルバムの最後のページを、名残惜しそうに何度も撫でた。そして、霞んだ視線をゆっくりと上げ、窓から差し込む陽光よりも柔らかな眼差しで、私を真っ直ぐに見つめた。
「……ま、い」
心臓が跳ねた。空気が止まったような沈黙。 父の口元がもう一度動き、かすかな声が漏れた。
「……まい、か」
「真衣……私の名前を、呼んでくれたの?」
私の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。父は何も答えなかった。けれど、その瞳には、かつて私を慈しんでくれたあの日の温かさが、確かに宿っていた。
名前を呼ばれたのは、その一瞬だけだった。翌日になれば、また父は私を「親切な誰か」として見るかもしれない。
それでもいい、と私は思った。 たとえ明日、すべてが再び記憶の霧の中に消えてしまったとしても、今日この瞬間、父の心という深い海に、確かに私の名前が響いたのだから。
私はそのアルバムを抱きしめ、また新しいページを作る準備を始めた。忘れてしまう父の記憶の代わりに、私が一生分の思い出を、何度でも何度でも、この手で書き継いでいくために。