ボロボロのぬいぐるみが語り始めた、父の「最後の嘘」
父が他界して一ヶ月。実家の整理は難航していた。物持ちが良かった父の部屋は、数十年の思い出が積み重なった迷宮のようだった。
最後に行き着いたのは、押し入れの奥底に仕舞われていた、古びた茶色のテディベアだ。片耳はちぎれ、左目はボタンが外れかけ、毛並みはすっかり薄くなっている。私が幼い頃、どこへ行くにも連れ歩いていた相棒だった。
「懐かしいな、こんなところにあったのか」
父は晩年、なぜかこのぬいぐるみをベッドの脇に置き、時折、壊れた左目を愛おしそうに撫でていた。私はてっきり、父が私の幼少期を懐かしんでいるのだと思っていた。
しかし、ぬいぐるみを持ち上げた瞬間、異変に気づいた。お腹の縫い目が不自然に荒い。糸を解き、中身を取り出すと、そこには一枚の古い封筒が隠されていた。
封筒の中には二つのものが入っていた。一つは、見たこともない業者名が記された「借用書」。そしてもう一つは、手書きで描かれた「宝の地図」だった。
借用書は二十年前のものだ。そこには、私の大学の学費を補うために父が背負った、決して少なくない負債が記されていた。父は、家族の前では一度も見せたことのない苦悩を、たった一人で背負い続けていたのだ。そして、地図に記されていた「宝」の場所は、家の裏手にある古い柿の木の根元だった。
私は震える手で地図を握り締め、庭へ走った。柿の木の根元を掘り返すと、錆びた小さな缶が出てきた。その中に入っていたのは、質素な金貨や宝石ではなく、私の成長に合わせて切り抜かれた新聞の切り抜きや、学校行事で私がもらった賞状、そして「いつか家族で旅行に行くための貯金」と書かれた、ボロボロになった通帳だった。
最後の一ページには、震える文字でこう書かれていた。
『借金は返し終えた。あとは、この宝を持って家族で笑うだけだ。……いつか、もう少し余裕ができたら。』
父がぬいぐるみを抱えていたのは、単なる思い出のためではなかった。家族を守り抜いたという「証」を隠し、誰にも知られずに苦労を噛み締め、それでもなお、未来への希望をそこに詰め込んでいたのだ。
父は、自分自身が一番欲しかったはずの「家族団らんの時間」を、借金を返すためにすべて働いた。私が成人し、社会に出るまで、その背中がどれほど重かったのか。私は、ぬいぐるみの薄くなった毛に顔を押し当て、声を上げて泣いた。
父が遺したのは、金銭的な価値のある財産ではない。私という子供を、ただただ守り抜こうとした、不器用で真っ直ぐな、燃えるような愛情そのものだった。
ボロボロのテディベアは、今も私の机の上に座っている。その壊れた左目は、父が最期まで見つめ続けていた「家族の幸せ」という名の宝物を、今も優しく見守り続けている。