30年越しの「おかわり」:認知症の父が遺した、母への最後のラブレター
父が施設に入所して半年が経った頃、私は遺品整理を兼ねて、彼が肌身離さず持っていた古い革の鞄を開いた。
認知症を患い、記憶の輪郭がぼやけていく中でも、父はその鞄だけは決して他人に触れさせなかった。「これは俺の宝物なんだ」。そう呟く父の目は、時折、遠い昔の景色を懐かしむように潤んでいた。
中には使い古された手帳や、眼鏡ケース。そして、ひときわ年季の入ったアルミの弁当箱が入っていた。母が亡くなってから30年。父は、亡き母が最後に作ってくれたあのお弁当の形を、今も守り続けていたのだ。
私は何気なく、その弁当箱の蓋を開けた。中には空っぽの空間が広がっているはずだった。しかし、底には一枚の、色褪せた包み紙が丁寧に折りたたまれて敷かれていた。
それは、かつて母が使っていた包装紙だった。
指先で慎重にそれを取り出すと、裏側に震えるような字で、こう書かれていた。
『今日もおいしかった。ありがとう』
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
母が他界した日、父は激しく泣くことも、叫ぶこともなかった。ただ、母が最後に用意してくれたおにぎりを、まるで聖餐を受けるかのように、時間をかけてゆっくりと食べていたことを覚えている。その時のおにぎりを包んでいたのが、この紙だったのだ。
父は、母がいなくなったその日から、この紙を「一番おいしい記憶」として持ち歩いていたのだろうか。
認知症が進行し、私の名前さえ忘れてしまった父。彼が毎日、施設でぼんやりと見つめていたのは、過去の景色だったのかもしれない。言葉も記憶も奪われていく中で、父が最後まで手放せなかったのは、母の料理の味と、その味に対する「感謝」という、最も人間らしく、最も純粋な感情だった。
私はその紙を握りしめ、涙をこらえきれずに嗚咽した。
「父さん、伝わっていたよ。お母さんにも、私にも」
30年という歳月は、人の記憶を風化させるには十分な長さかもしれない。けれど、愛した人への感謝だけは、どんなに病が心を蝕もうと、決して消えることはないのだと知った。
その日の夜、私は久しぶりに自分でおにぎりを握った。母が教えてくれた、少し塩のきいた、不格好なおにぎり。
一口食べると、父がなぜこの包み紙を肌身離さず持っていたのかがわかったような気がした。
「今日も、おいしかったよ」
誰に言うでもなく呟いたその言葉は、空の上にいる母へ、そして記憶の底から愛を繋いでくれた父へ届いたような気がした。