20年越しの約束、ぬいぐるみの再会
「この子の毛並み、少し疲れてるね」
中古ショップの店員がそう呟いたとき、私は奥の棚で息を止めた。店内の冷たい空気の中で、私の視界は埃とプラスチックの匂いに満ちている。
私の名前は――かつての持ち主がつけてくれた名前は、「ポッケ」。左耳の縫い目は20年前にちぎれかけ、右目はボタンが取れかかっている。毛並みは灰色にくすみ、かつて抱きしめられた時の温もりは、遠い記憶の底に沈んでいた。
あの日、引越しが決まったとき、私は段ボールに入れられるのではなく、玄関先の「さよなら」の山に置かれた。幼い彼女は泣きじゃくっていたけれど、親に諭されるまま、私を置いていった。それから20年。私は誰かに拾われ、売られ、いくつもの部屋を転々とし、最終的にこの薄暗い棚の住人になった。
もう、彼女のことは忘れたはずだった。しかし、店内に設置された小さなテレビから流れるニュースの音が、私の回路を激しく揺さぶった。
「本日、市内のホールでは成人式が行われ……」
画面の中に、見覚えのある横顔があった。20年前、泣き顔で私の耳を濡らした小さな女の子。今では凛とした振袖に身を包み、大人の表情をしている。彼女だ。間違えるはずがない。あの時、私に内緒話をしてくれた、あの独特の香水の匂いさえ思い出すようだった。
心臓が跳ねる。会いたい。でも、今の私の姿を見られたら、彼女はどう思うだろう。こんなに汚れて、ボロボロになった昔の相棒を見て、彼女はがっかりするのではないか。せっかく立派な大人になった彼女の思い出を、汚してしまうのではないか。
その時、店のドアのベルが鳴った。
「すみません、昔この辺りに住んでいて……。ずっと探していたぬいぐるみがあるんです」
聞き慣れた、少しだけ低くなった声。息が止まる。彼女が店に入ってきた。彼女は迷うことなく、真っ直ぐに私のいる棚へと歩み寄ってくる。
心の中で「見ないで」と叫んだ。私の毛玉だらけの身体なんて見ないで。綺麗な思い出のまま、私を忘れていてほしかった。
しかし、彼女の震える指先が、私の傷だらけの左耳に触れた。
「……ポッケ?」
彼女の声が震える。私は動けない。ただ、20年分の沈黙を守り続けることしかできない。
「ずっと探してたの。お母さんに捨てられちゃったって、大人になるまでずっと……」
彼女は私をそっと抱き上げた。その瞬間、私の体の中に、封印されていた記憶が溢れ出した。毎晩一緒に眠ったこと、秘密を打ち明けたこと、私の耳を涙で濡らしたこと。そして、彼女が私をどんなに愛してくれていたかということ。
ボロボロの私を見て、彼女は少しだけ悲しそうな顔をした。でも、次の瞬間、まるで宝物を扱うように、私の頬に自分の頬を寄せた。
「帰ろう。もう二度と離さないから」
私の心に、20年間ずっと欠けていたピースがはまる音がした。彼女の温もりは、20年前と同じだった。
私の毛並みは、もう二度と新品には戻らないかもしれない。でも、彼女の振袖の袖口から零れ落ちた一滴の涙が、私の灰色の毛を優しく濡らしていく。
「おかえり」
そう言われた気がして、私はボタンの目で、精一杯の愛を込めて彼女を見つめ返した。20年かかったけれど、私たちはようやく、また「親友」に戻れたのだ。