20年後の私へ、壊れたラジオが紡いだ不器用な「愛」の旋律
父の葬儀は、まるで他人のそれのように淡々と終わった。
小さな町工場を営んでいた父は、仕事以外には無関心な人だった。私が二十歳の時に家を飛び出して以来、十年もの間、私たちはまともに口を利いていない。遺品整理のために訪れた実家は、埃と古い機械油の匂いが染みついていた。
処分しようと積み上げたガラクタの中に、ひときわ古びた真空管ラジオがあった。子供の頃、父が深夜にこっそりと聴いていたものだ。なんとなく捨てられず、私はそれを持ち帰り、趣味の電子工作で修理を試みることにした。
半月後、配線を繋ぎ直し、ダイヤルを回すと、スピーカーから「ザザッ……ザザッ……」という砂嵐のようなノイズが漏れた。埃を払い、つまみを微調整する。その時だった。
「……聞こえるか、悟(さとる)。お前がこのラジオを直す頃には、もう俺はいないんだろうな」
心臓が跳ね上がった。間違いようのない、父の声だった。しかし、声質は今の私と同じくらいの年齢に聞こえる。なにより、その声は20年後の私に向かって語りかけていた。
「お前はきっと、今もまだ、俺が自分勝手な親父だと思っているはずだ。だけどな、あの時お前が家を出て行った夜、俺は工場で泣いていたんだよ」
ノイズの中で、父の不器用な告白が続く。かつて私が反発していた「厳しさ」は、父なりの生存戦略だったこと。本当は応援したかった夢のこと。そして、どんなに疎遠になっても、毎晩のようにこのラジオに向かって、遠く離れた場所にいる私へ向けて言葉を投げかけていたこと。
「お前がいつか、このガラクタを拾い上げてくれると信じていた。未来のお前に、これだけは伝えたくてな。お前が選んだ道は間違っていない。俺の誇りだ」
声は、時空の歪みに溶け込むように消えていった。
私の頬には、熱いものが伝っていた。あの日、冷たい背中を向けられたと思っていたのは、ただの私の思い込みだった。父は、言葉の代わりに「時間」という箱に愛情を詰め込み、20年という歳月をかけて私に届けたのだ。
ラジオから流れるのは、もうノイズだけだ。しかし、その静寂の中で、私は初めて父と正面から向き合えたような気がした。
父さんは、最後まで不器用だった。けれど、その不器用さこそが、私に向けられた最大の愛の形だった。
私は窓を開け、夜風に当たった。ラジオのつまみをオフにすると、そこにはかつてないほど穏やかな、20年後の私の未来が広がっていた。