10年越しの約束が教えてくれた、忘却の先にある愛の形
「おばあちゃん、それ、何?」
母を亡くした私を、幼い頃から一人で育ててくれた祖母。その穏やかな笑顔が少しずつ、時の霧の中に隠れ始めたのは二年前のことだった。
ある日の午後、施設で過ごす祖母の部屋を片付けていた時、タンスの引き出しの奥から、黄色く変色した一通の封筒が出てきた。封筒には震える手書きの文字でこう書かれていた。
『10年後の私へ。また会いに来るね』
その言葉を見た瞬間、胸が締め付けられるような懐かしさを覚えた。てっきり、私が幼い頃に書いた稚拙な手紙だと思ったからだ。10年前の私が、大好きな祖母に向けて書いた、「また会いに来るね」という約束。
私はそっと封を開けた。中には、当時私が書いたはずの、たどたどしい感謝の言葉が入っている……そう確信していた。
しかし、そこに綴られていたのは、私の筆跡ではなかった。
『10年後のあなたへ。
おばあちゃんはもう、この世にはいないかもしれません。 もし、今の私が何かを忘れてしまっていても、あなたのことを愛しているという気持ちだけは、消えていないと信じています。
あなたは一人じゃない。私があなたを育てたのではなく、あなたが私に、生きる意味を教えてくれたのです。 だから、もし私を忘れてしまっても、あなたは自分を責めないで。 私はいつも、あなたの心の中にいます。また会いに来るね。』
読み終えたとき、視界が涙で滲んだ。
これは、孫の私宛の手紙ではなかった。祖母が、物忘れが始まるよりもずっと前、認知症という病が忍び寄る未来を予感していたのか、あるいは深い愛情ゆえに綴った、「自分自身への手紙」だったのだ。
病室に戻ると、祖母はベッドの上で、ボロボロになった小さな紙切れを、まるで宝物のように両手で握りしめていた。それは、私が今日渡したばかりの、面会の予定を記したメモだった。
祖母は私の顔を見ても、誰だか思い出せないことが増えている。それでも、私を見るその瞳はいつも慈愛に満ちていた。
「誰……かな」と呟く祖母の手を握り返す。 祖母が10年前に自分自身へ、そして私に向けて遺した「また会いに来るね」という約束は、記憶を失くしていく長い旅路の中でも、決して消えることのない道しるべとなっていたのだ。
「おばあちゃん、ただいま」
私はそう言って、優しく抱きしめた。 たとえ記憶が霧に包まれても、愛した記憶は魂に刻まれる。祖母が教えてくれたのは、忘れることよりも、誰かを想い続けることの方が、ずっと強い力を持っているという事実だった。
窓の外には、柔らかな春の陽射しが差し込んでいた。私たちは、何も語らずとも、確かにそこに繋がっていた。