「あなたは誰?」と言った母が、真夜中に不格好なおにぎりを握りしめた理由
「ごめんなさいね、親切な方。いつもありがとう」
母の口からその言葉が出たとき、私の中の何かが音を立てて崩れ落ちました。 私の名前はあかり。目の前にいるのは、私を30年間育ててくれた母、美智子です。しかし、認知症が進んだ今の母にとって、私は「時々様子を見に来てくれる親切な近所の人」に過ぎませんでした。
娘の顔を忘れ、名前を忘れ、共に過ごした記憶さえも霧の向こう側。 介護に追われる日々の中で、私はいつしか「母はもう私を愛してはいないのではないか」という孤独感に苛まれるようになっていました。
そんなある夜のことです。
ふと深夜に目が覚めると、台所から微かな音が聞こえてきました。泥棒かと思い、息を殺してリビングへ向かうと、そこにはパジャマ姿で立ち尽くす母の背中がありました。
母は、震える手で炊飯器の冷やご飯をかき出していました。 「お母さん、何してるの?」 声をかけようとして、私は足を止めました。母の様子が、あまりにも必死だったからです。
母は、おぼつかない手つきでラップを広げ、ご飯を乗せ、塩を振りかけます。うまくまとまらずに米粒がボロボロと台所にこぼれ落ちますが、母はそれを拾い上げようともせず、ただ一心不乱に、おにぎりを握っていました。
その横には、かつて私が幼稚園に通っていた頃に使っていた、色褪せた古いお弁当箱が置かれていました。
母は何度も、何度も、小さく呟いていました。 「遅れちゃう。あの子が、お腹を空かせてしまう……」
私は声をかけることができず、暗闇の中で母の背中をただ見つめていました。母の記憶から「今の私」は消えてしまっても、母の体には「娘を想う母親」としての本能が、深く、深く刻まれている。その光景に、胸が締め付けられるようでした。
翌朝。 食卓には、ラップに包まれた不格好な三つのおにぎりが並んでいました。形はバラバラで、中身も何も入っていない、ただの塩むすび。
そして、その横に置かれた一枚のメモ。 それを見た瞬間、私はその場に泣き崩れました。
震える筆跡で書かれていたのは、レシピでも、遺言でもありませんでした。
『右のほっぺにホクロがある人が、あかり。私の大事な娘。 もし忘れてしまったら、このおにぎりを渡して「大好きだよ」と言いなさい』
それは、記憶を失い続ける母が、自分自身に向けて書いた「愛の備忘録」でした。 母は、自分が自分を忘れていく恐怖の中で、最後まで私を忘れたくないと抗っていたのです。自分の脳が娘の名前を消し去ろうとしても、心が、魂が、必死にそれを食い止めようとしていた。
私はおにぎりを一口、頬張りました。 冷え切っていて、少ししょっぱすぎて、けれど、これまでの人生で食べたどんな料理よりも温かい味がしました。
「お母さん、美味しいよ。すごく美味しい」
隣で「あら、お口に合いました?」と微笑む、私の名前を忘れた母。 けれど、もう悲しくはありません。
たとえ母の記憶から私が消えたとしても、このおにぎりがある限り、私たちは繋がっている。母が命を削るようにして守り抜こうとした「愛」は、確かに私の心に届いたのです。
「もう一度だけ、お弁当を作らせて」 あの夜、母が静かな台所で捧げた祈りは、不格好なおにぎりと共に、私の一生を支える宝物になりました。