枯れた花が語り始めた、10年越しの「さようなら」の理由
その小包は、何の予告もなく玄関先に置かれていた。
送り主の欄には、もう10年も名前を見ていない父の文字。消印は昨日のものだが、小包の角は埃をかぶり、まるで長い旅路を終えたような疲れを感じさせた。
中に入っていたのは、かつて庭で育てていた花で作られた、色褪せてカサカサになったドライフラワーと、一枚の古い便箋だった。
『これを水に浸せば、真実がわかる』
父の筆跡は、10年前と変わらず少しだけ震えていた。母と私は顔を見合わせた。父は10年前のあの嵐の夜、何も言わずに姿を消した。借金か、別の女性か、あるいはただの逃避か。私たちはその「無責任な失踪」を憎み、あるいは諦め、心のどこかで彼の死さえも予感していた。
「……信じられない」
母は震える手で洗面台に水を溜め、その無残な茶色の花束をそっと浸した。化学反応か、あるいは何らかの記憶媒体の仕掛けか。そんな科学的な分析など、その瞬間にはどうでもよくなっていた。
数分が経った。 枯れ果てていた花びらが、まるで命を吹き返したかのようにゆっくりと水の中で開き始めた。それだけではない。花びらが鮮やかな赤と青に染まり、水面から光の粒子が立ち上った。
部屋の壁に、映画のような映像が投影された。
そこには、10年前の夜の父がいた。父は家を出ていく準備をしていたのではない。彼は、家族に襲いかかろうとしていた「ある危機」を一人で引き受け、遠ざけようとしていたのだ。
画面の中の父は、誰かに脅されていた。父の背後には、私たち家族にまで危害を加えようとする冷酷な影があった。彼は、私たちを遠ざけるためにあえて憎まれる道を選び、自身の身分を捨てて、暗闇の中へと飛び込んでいった。
映像の最後、父は鏡に向かって、泣き笑いのような表情でこう呟いた。 「10年経てば、もう奴らも俺を見つけられないはずだ。……帰れないままでごめん。せめて、この花が咲く頃には、お前たちが平穏でありますように」
花が満開になった瞬間、光は弾けるように消えた。 部屋には、水に浸されたばかりの、今にも香りが漂ってきそうなほど鮮やかな花束だけが残されていた。
父は、私たちを守るための「時間稼ぎ」をしていたのだ。10年という歳月をかけて、安全を確認し、ようやく私たちに送ることができた最初で最後の「真実」。
窓の外を見ると、10年前と同じように少し強い風が吹いていた。けれど、私の心の中にあった暗い霧は、その花の色のように鮮やかに晴れ渡っていた。
彼は逃げたのではない。守り抜いたのだ。 私たちは震える手で花束を抱きしめた。10年越しに届いた父の「愛してる」という言葉を、その花びらの冷たさと共に噛み締めながら。