20年越しの「おかえり」──捨てられたぬいぐるみが繋いだ、母と娘の約束
結婚式まであと一週間という忙しない日々のなか、私の元に一つの小包が届いた。差出人の名前はない。送り主の住所欄には、見知らぬ地方の郵便局留めとだけ記されていた。
不審に思いながらも、緩衝材を解いていく。箱の底から現れたのは、色褪せて毛並みが擦り切れた、テディベアだった。
私は息を呑んだ。それは、かつて私が5歳の時に手放したはずの「ポム」だったからだ。
ポムは、いつも私と一緒にいた。保育園の帰り道、夜泣きした夜、父と母が激しく言い争っていた暗いリビングでも、私を抱きしめてくれた唯一の親友だった。しかし、私が7歳の時、引っ越しを機に母は「新しい生活にはもう必要ないでしょう」と、ゴミ収集所へ向かうトラックにポムを預けてしまったのだ。
「どうしてここに?」
震える手で中を覗くと、くたびれたベアの首元に、一枚の古いメモが結ばれていた。そこには、私の見知らぬ筆跡で、こう綴られていた。
『この子は、20年前のあの日、ゴミ集積所で寂しそうに雨に打たれていました。たまたま通りかかった母がそれを見かねて拾い上げ、以来、ずっと大切にしてきました。母は生前、いつか持ち主の元へ返したいと、ずっとその日が来るのを心待ちにしていました』
メモの後半に書かれていたのは、衝撃の真実だった。
『実は、あの引っ越しの時、お母様はポムを捨てたのではありませんでした。どうしても手放さざるを得ない事情があったようですが、お母様は泣きながら、近所に住んでいた私の母にこう託したそうです。「娘が一番辛い時に、この子がまた寄り添ってくれる日が来ますように」と。母は、あなたが幸せを掴む日をずっと待っていました。本日、母が他界して遺品を整理していたところ、この子と、お母様からの手紙を見つけました』
同封されていたもう一枚の紙には、震える文字で母の言葉が書かれていた。
「もしこれを読んでいるなら、あなたはきっと幸せになったのね。あの日、手放さなければならなかったけれど、あなたを守るためなら何でもするのが母親というものなの。ずっと会いたかったわ」
涙で文字が滲んでいく。あの時、母が私を突き放したのではなく、私のために「宝物」を未来へと預けていてくれたこと。20年の時を超えて、ポムは母の愛情という重しを抱えて、私の元へ戻ってきたのだ。
結婚式当日。私はブーケの横に、少し背筋を伸ばしたポムを座らせた。
バージンロードを歩く私の視界の隅で、ポムがまるで笑っているように見えた。隣にはいないけれど、確かに届いた母の温もり。捨てられたと思っていた記憶は、長い旅路を経て、最高の祝福へと変わっていた。
20年前、さよならを言えなかった親友と、言葉を交わせなかった母。その両方が、今日、私を一番近くで見守ってくれている。
「おかえり、ポム。そして、ありがとう、お母さん」
私は少しだけ背筋を伸ばし、愛する人の待つ祭壇へと歩き出した。