深夜2時の約束――盲目の老人が買い続けた「二つのおにぎり」の理由
午前2時。街が深い眠りにつき、コンビニの自動ドアが開く音だけがやけに大きく響く時間帯だ。
カラン、コロン。 決まった時刻になると、その老人はやってくる。杖を頼りにゆっくりと歩き、いつも同じ棚の前で立ち止まる。そして、迷うことなく「梅」と「鮭」のおにぎりを一つずつ手に取る。
「いらっしゃいませ。いつものですね」
私がそう声をかけると、老人は決まって少し照れくさそうに笑う。 「ああ、すまないね。これがないと、どうにも夜が明けなくてね」
老人は目が不自由だ。けれど、レジでの所作は驚くほど丁寧だった。小銭を一枚ずつ確かめるようにカウンターへ置き、最後には必ず「ありがとう」と微笑む。私は数ヶ月間、そんな老人の姿を眺めていた。なぜ毎日、同じおにぎりを二つだけ買うのか。余計なお世話だとは思いつつも、その理由が少しだけ気になっていた。
ある雨の夜、店内に客は私たち二人だけだった。おにぎりを袋に詰めているとき、老人がふと、寂しげな溜息をついた。
「もうすぐ、妻の命日なんだよ」
私は手を止めた。老人は、まるで遠くを見つめるような瞳で、ポツリポツリと語り始めた。
「妻はね、梅のおにぎりが大好きだった。私は鮭が好きでね。若い頃、二人でよく海辺へドライブに行ったんだ。その時、いつもこの二つのおにぎりを持って行ってね。半分こにして食べるのが、私たちの幸せだった」
老人の妻は、五年前に亡くなったという。 しかし、老人は今でも毎晩二つのおにぎりを買う。
「妻が亡くなってから、寂しくて眠れなくてね。それで、死んでしまった妻との『夜食の約束』を続けることにしたんだ」
老人の話によれば、帰宅すると彼はダイニングテーブルに二つの椅子を並べる。そして、妻の遺影の前におにぎりを一つずつ供えるのだという。
「私は鮭を食べ、妻の分である梅のおにぎりを、空に向かって『うまいね』と語りかける。そうすると、不思議と妻が隣に座っているような気がするんだよ。このおにぎりがあるおかげで、私はまだ妻と二人で生きているんだ」
老人はそう言って、優しく袋を受け取った。
「明日も、また来るよ。妻が待っているからね」
雨音の消えた静かな店内。老人の背中が、自動ドアの向こう側の闇に溶けていった。 店を出た彼の杖の音が、夜の静寂の中に消えていく。
私はふと、レジの棚を見つめた。 ただの梅と鮭のおにぎり。けれど、そこには失われた時間を繋ぎ止めるための、切なくも温かな愛が詰まっていた。
翌日の午前2時。 カラン、コロンと自動ドアが開く。 私はいつものように、棚から一番新しいおにぎりを選び、カウンターに並べた。
「いらっしゃいませ。今日は、とびきり新鮮ですよ」
今日もまた、老人が愛する人と夜食を楽しむために。 私は店内の明かりを少しだけ明るくし、彼を待つことにした。