「武士は食わねど高楊枝」の嘘?江戸の侍たちが裏で行っていた驚きの「副業」事情
「武士は食わねど高楊枝」。お腹が空いていても、食ったふりをして楊枝を使う。そんな武士の矜持と清貧さを表す言葉ですが、史実の江戸時代の武士たちは、そんな悠長なことは言っていられませんでした。
平和な時代が長く続いた江戸期、戦のない武士は「給料制の公務員」でした。しかし、米の相場変動やインフレにより、彼らの家計は火の車。多くの下級武士たちは、家計を支えるために、刀を置いて「内職」に励んでいたのです。
傘、提灯、そして筆……武士の意外な手仕事
江戸の武士たちが最初に取り組んだのは、身分を隠してでもできる手軽な内職でした。
特に多かったのが、**「傘張り」や「提灯作り」**です。江戸の街には、傘や提灯を専門に作る内職仲介業者が存在し、武士たちは妻や子供と協力して、夜な夜な竹ひごを削り、和紙を貼っていました。
また、ある程度の教養があった武士たちは、**「筆作り」**も行いました。武士が作った筆は質が良いと評判で、江戸の寺子屋や庶民たちの間で重宝されたと言います。高貴なイメージの侍が、薄暗い部屋で黙々と筆に毛を植え込んでいる姿は、現代の私たちが抱くイメージとは少々ギャップがありますよね。
驚愕の副業:曲芸師からマッチ棒作りまで
しかし、単なる内職に飽き足らない、あるいは生活のためにさらに知恵を絞った武士もいました。
その中でも驚くべきは、自身の身体能力を活かした**「軽業(かるわざ)」**です。鍛え上げられた武士の身体は、実はアクロバティックな動きに適していました。身分を隠して旅芸人一座に紛れ込み、綱渡りや曲芸で銭を稼いでいた武士がいたという記録も残っています。主君にバレれば即切腹の身分隠しですが、それほどまでに生活は困窮していたのです。
他にも、以下のような意外な副業で稼ぐ武士がいました。
- 「金魚の養殖」:当時、江戸で大ブームだった金魚を育て、行商人に卸す。
- 「箒(ほうき)作り」:庭の竹や藁を使って、高品質な箒を製造。
- 「あみだくじ・占い」:博識を活かして、怪しげな鑑定や数当てで小銭を稼ぐ者も。
なぜ、そこまでして稼いだのか?
なぜ彼らは、武士というプライドを捨ててまで内職をしたのでしょうか。それは、彼らにとっての「生存戦略」でした。
当時の武士は、格式や交際費、武具の維持などで、現代のサラリーマン以上に「見栄」のための支出が必要でした。着るものや生活水準を落とすことは、武士としての格を落とすことと同義。そのため、隠れて副業をすることで、なんとかその体面を保っていたのです。
まとめ:彼らは「現代のマルチワーカー」の先駆けだった
「武士は高潔」というイメージは、あくまで理想の姿。現実は、江戸の侍たちも私たちと同じように、家計と戦う「働くパパ」たちでした。
もし現代に江戸の武士がタイムスリップしてきたら、彼らはきっと誰よりも器用に、クラウドソーシングや副業をこなすプロフェッショナルになっているはずです。かつての侍たちが内職に込めたのは、単なる金銭欲ではなく、愛する家族と武士としての家を守り抜くという、凄まじいまでの執念だったのかもしれません。