30年分の「おめでとう」の裏側で——父が残した最後の嘘
父が逝ったのは、私が10歳の誕生日を迎える直前のことだった。 余命3ヶ月と告げられてからの父は、病床でせっせと手紙を書いていた。「未来の自分への宿題だ」と笑っていた父の言葉を、当時の私はただの強がりだと思っていた。
父が亡くなった後、母は私に約束した。「パパはね、あなたの30歳の誕生日まで、毎年手紙を書いてくれたのよ」と。
その言葉通り、11歳から毎年、私の誕生日には父からの手紙が届いた。 進学の悩み、初恋のときめき、挫折の痛み。まるで父がその場にいるかのように、絶妙なタイミングで届く「大丈夫だ」という励ましの言葉に、私は幾度となく救われてきた。父は、私の人生の伴走者であり続けてくれたのだ。
そして、30歳を迎えた昨日。 届いた封筒は、いつものものより少しだけ厚みがあった。中には便箋と、一枚の小さなメモが入っていた。
そのメモは、私の見慣れた父の筆跡とは少し違う、震える母の文字で書かれていた。
『ごめんなさい。本当はね、お父さんが書いていたのは15歳までの分だけだったの。あとは全部、お母さんがお父さんの筆跡を真似して書いたのよ。お父さんが死ぬ直前、震える手で残した最後の言葉を抱えて、私たちは二人であなたの30年分の未来を繋いできたの』
胸が締め付けられた。 すぐに便箋の最後を読み返す。そこには、父が死の直前に書き残した、本当の「最後の手紙」が綴られていた。
『――不器用な父さんでごめん。もう先は見えないけれど、お前が笑っている未来だけは、俺の頭の中にちゃんとある。もし俺が先にいなくなっても、母さんと一緒に、お前の人生をずっと見守るよ。お前が泣いた日は、母さんの肩を抱いてやってくれ。お前が笑った日は、母さんと一緒に乾杯してくれ。俺の分まで、二人で幸せになれ』
30年間、私を支えてくれていたのは父の言葉だけではなかった。 父を失った悲しみを隠し、父になりきって励まし続けてくれた母の、切なくも温かい「嘘」があったのだ。
父は死の間際まで、私という娘を愛し抜こうとした。そして母は、父のその愛が途絶えないように、自らの悲しみを押し殺して、私に「愛されている」という確信を与え続けてくれた。
私は、母の手を握りしめた。 そこには、30年かけて父が私に伝えたかった、不器用で、けれど何よりも強くて深い「愛の正体」があった。
「パパ、ママ。最高のプレゼントをありがとう」
外の風は冷たかったけれど、リビングには、父と母から受け継いだ、永遠に消えない温もりがあった。