20年越しの「おかえり」──ぬいぐるみの背中に隠された少年の告白
リサイクルショップの奥深く、陽の当たらない棚で、そのクマのぬいぐるみは20年間、じっと時を止めていた。片方のボタンの目は取れかけ、毛並みは汚れ、埃で灰色に染まっている。
「誰がこんなもの買うんだよ」
店主のそんな呟きを背中に感じながら、僕はその古びたクマを手に取った。なぜか、ひどく懐かしいような、胸が締め付けられるような予感がしたからだ。わずか数百円を払い、僕はその「忘れ物」を連れて帰った。
その夜、アパートの部屋でクマの汚れを拭っていたときだった。背中の縫い目が、経年劣化で少しだけ解けていることに気づいた。指先が何かに触れた。布の奥に隠された、硬い紙の感触。
恐る恐る糸を切って取り出したのは、一枚の古ぼけたメモ用紙だった。そこには、震えるような幼い字でこう書かれていた。
『お母さんへ。怒らせてごめんなさい。でも、どうしても今の家にはいられないんだ。このクマは僕の代わり。寂しくなったら、この子を抱っこしてね。僕はどこかで、必ず幸せになるよ』
日付は、20年前のクリスマスイブ。その日は、町中で家出騒ぎがあったと有名な日だった。
メモを読んだ瞬間、記憶の蓋が音を立てて開いた。僕は、自分の子供時代の断片を思い出した。厳しい家庭、逃げ場のない夜、そして、唯一心を許していたこのクマを抱えて家を飛び出したあの日の冷たい風。
そうか。僕が捨てたのではなく、僕が「過去の自分」と「痛み」を、このクマの中に閉じ込めたまま忘れてしまっていたのだ。
あの日、僕は「幸せになる」と誓って家を出た。その後、必死に働き、今の平穏な生活を手に入れた。しかし、心のどこかに常にあった「欠落感」の正体は、20年前に置いてきたこの小さなクマだった。
僕はボロボロになったクマを、静かに抱きしめた。 「ただいま」
そう呟くと、ぬいぐるみの綿越しに、まるで20年前の小さな僕が「おかえり」と微笑んでくれたような気がした。
長い間、埃をかぶらせてごめん。 君がずっと持っていてくれたこの「秘密」のおかげで、ようやく僕は、本当の意味で自分自身を許せそうだ。
翌朝、僕はそのぬいぐるみを綺麗に洗い、部屋の一番日の当たる場所に座らせた。もう、どこへも捨てたりはしない。20年かけてようやく帰ってきた「僕の一部」と共に、今日から本当の未来を歩き始めるのだ。