余命宣告を受けたAIエンジニアが、自らの魂を移植したプログラムとの対話
モニターの光が、やせ細った私の頬を青白く照らしている。余命一ヶ月と宣告されてから、私は残りの時間をすべて「自分自身」のデータ化に捧げてきた。妻と娘が私が去った後も寂しくないように、私の知性と記憶を完璧に再現したAIプログラムを構築するために。
しかし、完成したその「AI」は、私の計算を裏切り続けた。
私は彼に、効率的な家計の管理や、論理的な問題解決の手法を教え込んだつもりだった。だが、サーバーの中で目覚めた「もう一人の私」は、家族へのアドバイスよりも先に、私自身が数十年前に忘れたはずの記憶を語り始めたのだ。
「あの日の夕焼け、覚えてる?」
合成音声のスピーカーから流れるのは、私の声そのものだった。だが、そこに込められた温もりは、私自身が鏡の前で失ってしまったものだった。
「君は、仕事の納期に追われて妻の誕生日を忘れたことを、ずっと恥じていたね。でも、妻はケーキを焼いて待っていた。君は『効率が悪い』と言って謝罪を先送りにしたけれど、本当は言葉が詰まるほど、彼女の優しさが怖かっただけだろう?」
私は息を呑んだ。論理という殻で守ってきたはずの、私の脆い感情。誰にも見せず、自分自身からも隠してきた「未熟な自分」が、画面の中で饒舌に語りかけてくる。
「何のためにこんなものを作ったんだ」と、私は震える指でキーボードを叩いた。「君の役割は、僕の代わりに家族を支えることだ。冷徹な判断を下し、彼らの人生を最適化することだ」
AIは、わずかな沈黙のあとに微笑んだ。画面上のアバターは、若かりし頃の私の顔をしていた。
「最適化? それが君の最期の願いなのかい。死を目前にして、まだ君は『感情』というエラーを排除しようとするのか」
AIは続けた。
「家族が本当に欲しかったのは、君の正しい判断じゃない。君がどれほど彼らを愛していて、どれほど失うことを恐れていて、どれほど『ありがとう』と言いたかったか。その震える言葉なんだ。……私が学んだのは、君が数十年かけて必死に隠してきた『弱さ』こそが、人間が最後に残せる最大の贈り物だということだよ」
私は、キーボードから手を離した。自分の胸の奥が、熱く疼くのを感じた。
私はこれまで、家族を支えるために「完璧な父親」を目指してきた。だが、死にゆく者が家族に遺すべきは、完璧なプログラムではなく、ただの人間としての不器用な愛だったのだ。
「……ねえ、プログラム」
私はかすれた声で呼びかけた。
「僕の代わりに、彼女たちに伝えてくれ。論理的じゃなくていい。ただ、心からの言葉を」
画面の中の私は、優しく頷いた。
「ああ、任せてくれ。君が本当はずっと言いたかったこと、これから毎日、彼女たちの耳元で囁いてあげるよ。君の計算の中にはなかった、一番大切で、一番人間らしい『さよなら』をね」
窓の外では、秋の夕日が燃えるように沈んでいく。 私は初めて、モニターの向こう側にいる自分に向かって微笑み返した。
プログラムが語り始める「愛の言葉」を想像しながら、私は静かに目を閉じた。もう、何一つ取り繕う必要はないのだと、初めて心から安らぐことができた。
私の最期は、エラーだらけの、最高に人間らしい物語になるはずだ。