真夜中のコンビニが教えてくれた「未来の答え合わせ」
深夜2時。街の明かりが遠のいた住宅街で、コンビニの蛍光灯だけが浮き上がるように光っていた。
僕は、冷え切った缶コーヒーを握りしめ、自動ドアの前に立ち尽くしていた。人生で初めての挫折。志望していた大学の不合格通知をスマホで受け取った数時間後のことだった。「もう、何をやってもダメだ」。頭の中でそんな言葉がリフレインし、自分の未来が灰色に塗りつぶされていくような感覚に囚われていた。
「お兄ちゃん、そんな顔してると、もっと幸運が逃げちゃうよ」
不意に声をかけられ、顔を上げた。そこには、ダボダボのパーカーを着た、あどけない少年が立っていた。年齢は10歳くらいだろうか。こんな時間に一人でいるなんて、と怪訝に思ったが、少年の瞳には不思議なほど深い落ち着きがあった。
「なんだい、君は。どこかの迷子か?」 「迷子じゃないよ。……お兄ちゃんに、ちょっとだけ会いに来たんだ」
少年は僕の隣に並び、遠くの街灯を見つめた。まるで、僕の頭の中をすべて見透かしているかのような口調で、彼は言った。
「受験、落ちちゃったんでしょ? 辛いよね。でもさ、これだけは覚えておいて。大人になったら、この日のことが、人生で一番の笑い話になるから」
「……何言ってんだよ」
僕が呆れて言い返そうとした瞬間、店内のスピーカーが閉店後の清掃のアナウンスを流した。視線を一瞬、店内に向け、再び少年に戻したとき――。そこには、もう誰もいなかった。まるで最初から風のいたずらだったかのように、少年は夜の闇に溶けていた。
それから8年。僕は社会人になり、少しずつだが自分の人生を歩んでいた。あの日絶望していた僕も、結局は別の場所で新しい道を見つけ、今では結婚して二人の子供の父親になっていた。
ある週末、家族でドライブに出かけた帰り道のことだ。ふと、あの日のコンビニの近くを通りかかった。今はもう別の店に変わっていたが、建物は当時のままだった。
「パパ、あそこの駐車場で少し休憩しない?」
当時5歳になった息子が、指をさした。僕は苦笑いしながら車を停め、懐かしさに惹かれるようにして店の前へ歩いた。
「パパ、どうしたの?」 「いや、昔ここでさ、ちょっと不思議なことがあったんだよ」
僕は息子に、あの深夜に出会った少年の話を語り聞かせた。受験に失敗して人生が終わったと思っていたこと。そして、未来から来たと言った少年のこと。息子は熱心に聞いていた。
話が終わると、息子は不思議そうに僕の顔を見つめ、ポケットから一枚の古い写真を取り出した。それは、僕が今日、車の中に忘れていた財布から勝手に持ち出していた、僕の子供時代のアルバムの一枚だった。
「パパ、そのお兄ちゃんって、この子?」
息子が指差したのは、僕が7歳の頃、近所の公園で撮った写真だった。そこには、今の息子とそっくりな表情で笑っている、当時の僕が写っていた。
いや、違う。僕の視線が釘付けになったのは、その写真の端に写り込んでいた「あるもの」だ。 僕の背後に立つ少年……それは、今日この場所で僕が息子に聞かせた、あの日出会った少年の姿そのものだった。
あのパーカーのシワ、少しだけ擦り切れた袖口。 そして、少年が持っていた、当時の僕が大切にしていたはずの、おもちゃのロボット。
心臓が大きく跳ねた。 「未来から来た少年」だと思っていた存在は、僕自身の「過去」だったのかもしれない。あるいは、もっと不思議な時間の交差点だったのかもしれない。
「パパ、どうして泣いてるの?」
息子の無邪気な声で現実に引き戻される。僕は自分の目元を拭い、息子を抱き上げた。
あの夜、人生のどん底だと思っていた自分に、「笑い話になるよ」と伝えたのは、時を超えて巡り巡ってきた「希望」だったのかもしれない。あるいは、今の幸せを知っている僕自身が、あの時の自分を励ましに来たのだろうか。
「笑い話だよ」
僕はそう呟き、深く息を吸い込んだ。あの日、暗闇の中で立ち止まっていた自分を、今の自分なら笑って抱きしめてやれる。
「行こうか。未来の話、もっとたくさんしてあげる」
僕は小さな手を握り、夜の街を歩き出した。かつて少年が消えたその場所から、僕たちの新しい未来がまた、動き始めていた。